誰か、俺を認めてくれ。俺だけを認めてくれ。
俺だけを……
「コーチの身体は一つじゃない。このチームはお前だけのモノじゃないんだ。質問は順番だ」
俺のモノ。
「テレビは一日一時間でしょ。家族みんなのモノなんだから、約束は護りなさい」
じゃあ………
「今回のテスト、100点取れたのは家庭教師の先生のおかげだな。ちゃんとお礼を言っておくんだぞ」
じゃあいったい、俺のモノって…… 何?
ぼんやりと見上げる先で、里奈と優輝の視線が交わる。優輝は薄っすらと笑い、里奈は全身を震わせる。
里奈―――
失恋した美鶴に誤解され、彼女との間に亀裂が入ると、里奈は優輝から離れていった。同じ高校へ進学し、里奈が登校拒否になると、さらに優輝から離れていった。
万引きの件などをチラつかせても、里奈は戻ってはこなかった。
美鶴を失った里奈には、もはやどんな脅しも通用しない。
それほどに美鶴は、里奈のすべて。
だが同じように、優輝にとっても里奈はすべて。そう、すべてを投げ出しても手に入れたい存在。
唯一、自分に従順な存在。自分を受け入れ、認めてくれる。否定しないでくれる存在。
そんな里奈が、愛おしかった。
これは愛じゃない?
嘘だ。俺は里奈を愛している。
俺は俺なりに愛しているんだ。
里奈が離れていき、やがて優輝の生活は荒んだ。里奈のために取り繕った体裁だ。里奈がいなければ意味はない。
勉強だってサッカーだって、どれほど頑張っても誰も認めてはくれない。間尺に合わない努力など、もうウンザリだった。
高校では、サッカー部には入らなかった。もともと、親のサッカー好きに影響を受けただけだ。サッカーで活躍すれば親に褒めてもらえるだろう。そんな、今思えば鼻で笑ってしまうような、可愛らしい子供心で始めたのだ。心底好きだったワケでもない。
学校もサボりがちになり、やがて繁華街で過ごす事が多くなった。
目的もない虚ろな毎日の中で、気がつけば目の前には里奈の幻影だけを見ていた。里奈が愛知県に移ったのを知ると、優輝も拠点を愛知県へ移した。
誰もが他人へ無関心。ただ空騒ぎだけが撒き散らされる。そんな中身のない賑々しさが、里奈のいない空白を埋めてくれるようだった。
あれほど認めてもらいたいと思っていたのに、冷たい無関心が、これほど心地良いだなんて。
親は、そんな優輝を叱咤した。
「お前がそんなヤツだとは思わなかったぞっ!」
何言ってんだよ。
父親の拳にもせせら笑う。
もともと俺のコトなんて、大して認めてもいなかったクセに。
やがて優輝は、家にも帰らなくなった。学校も辞めた。クスリも覚えた。あっという間に、世界が変わった。
それはまるで、流砂のよう。
どこかで誰かが優輝を哂う。
あの子、きっともともとはあんな子だったのよ。
頑張っても認めてはもらえず、なのに堕ちれば納得される。
そうだ。誰にも認められず、何も与えられなかった。
なんて俺は、哀れな存在。
いいさ、俺はそういう存在。
どうせ世の中なんて、そんな存在。誰も何も、ウザいだけ。
ただ一人、従順な里奈だけがいればいい。
もはや抜け出せぬ世界の中で、一人里奈だけに執着した。
聡に蹴り上げられ、床に横たわりながら里奈だけを見つめる。
周りの人間にどう見られようと、そんな事はどうでもいい。
ただ一人、里奈だけを。
長い睫毛の下から見せる、丸く円らな黒々とした瞳。潤んだ瞳には、恐怖しか浮かんでいない。
その恐怖を与えたのが自分なのだと思うと、優輝はなぜだか嬉しかった。
そう――― 嬉しい。
だってその恐怖は、俺だけが与えることのできるモノだから。
里奈、俺はただ、俺だけのモノが欲しかった。
俺だけのモノが、欲しかったんだよ。
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